前回は、高分子が冷えて固まるときに見せる「結晶構造(折りたたみ鎖・ラメラ・球晶)」という美しいマクロの世界について解説しました。
しかし、そもそも「なぜ綺麗に結晶になれる高分子と、ぐちゃぐちゃなまま(非晶性)の高分子があるのか?」という疑問が残ります。
実は、その結晶の出来やすさを根本から決定づけているのが、分子の形そのものの「規則性」です。今回は、高分子の性質を劇的に変える魔法の概念、「タクチシティ(立体規則性)」について分かりやすく解説します!
高分子の鎖は、主鎖(炭素の背骨)に、メチル基やフェニル基などの側鎖(手足)がくっついた構造をしています。
モノマーが次々と繋がって高分子になる際、この「側鎖が、主鎖のどちら側を向いてくっつくか」という立体的な配置の規則性のことを、タクチシティ(Tacticity:立体規則性)と呼びます。
この手足の向きが揃っているか、バラバラかによって、同じ材料から作られたプラスチックでも、性質がまるで別物になってしまうのです。
タクチシティの3つの種類
タクチシティには、大きく分けて3つのパターンがあります。
① アイソタクチック(Isotactic)
すべての側鎖が、主鎖に対して「同じ側(片側)」に規則正しく並んでいる構造です。 「全員、右向け右!」と号令がかかったように、綺麗に整列している状態をイメージしてください。

② シンジオタクチック(Syndiotactic)
側鎖が、主鎖に対して「交互に(上・下・上・下…)」規則正しく並んでいる構造です。 こちらも非常に整った美しい立体構造を持っています。

③ アタクチック(Atactic)
側鎖の向きに規則性がなく、「ランダム」に配置されている構造です。 右を向いたり左を向いたり、全く統一感がなくバラバラな状態です。

構造が性質を変える!タクチシティと結晶性の関係
前回の記事で、高分子は「折りたたみ鎖」となって密に並ぶことで「ラメラ(結晶)」を作ることを学びました。
この「密に並ぶ(パッキングする)」というプロセスにおいて、タクチシティは決定的な役割を果たします。
- アイソタクチック・シンジオタクチックの場合: 手足(側鎖)の向きが綺麗に揃っているため、分子鎖同士が凹凸を合わせてピタッと隙間なく重なり合うことができます。つまり、非常に折りたたみやすく、結晶化しやすい(結晶性が高い)のです。その結果、硬くて丈夫で、熱に強いプラスチックになります。
- アタクチックの場合: 手足の向きがランダムに出っ張っているため、別の鎖が近づいてきても、側鎖同士がぶつかり合ってしまい、上手く重なることができません。折りたたまることができず、ぐちゃぐちゃに絡まった「非晶性」の状態になりやすくなります。その結果、柔らかく、ゴムのようになったり、透明なプラスチックになったりします。
世界を変えた大発見:チーグラー・ナッタ触媒
このタクチシティの重要性を語る上で外せないのが、ポリプロピレン(PP)の歴史です。
プロピレンをただ重合させると、向きがバラバラな「アタクチック・ポリプロピレン」しかできず、これはベトベトした水あめのような使い道のない物質でした。
しかし1950年代に、チーグラーとナッタという化学者が、「向きを完全に揃えて(アイソタクチックに)重合させる特別な金属触媒」を発見しました。この触媒(チーグラー・ナッタ触媒)を使って作られたアイソタクチック・ポリプロピレンは、非常に硬くて丈夫なプラスチックとなり、タッパーや自動車のバンパーなど、私たちの生活に欠かせない大発明となりました。この功績により、二人はノーベル化学賞を受賞しています。
さらに一歩深く!「d体・l体」と「メソ・ラセモ」でタクチシティを表現する
ここまでは「側鎖が同じ側を向いている」「交互に並んでいる」と大まかに説明してきましたが、高分子化学の専門書を開くと、タクチシティは「$m$」や「$r$」といった記号の連続で表されます。
これはいったい何なのか?「d体・l体」と「メソ・ラセモ」という言葉を使って、タクチシティをより厳密に定義してみましょう。
右手と左手:「d体」と「l体」
炭素の背骨(主鎖)に側鎖がくっつくと、その立体的な構造には「右手と左手」のような鏡合わせの関係(鏡像異性体)が生まれます。
高分子の鎖を構成する1つ1つのユニット(モノマー単位)について、便宜上、側鎖が手前を向いているものを「$d$体」、奥を向いているものを「$l$体」と呼びます。
隣り合う2人の関係:「メソ」と「ラセモ」
高分子の鎖全体を一度に見るのではなく、「隣り合う2つのユニット(二連子:ダイアッド)」だけを切り取って、その2つの関係性に注目してみます。
- メソ(meso、略して $m$)結合:隣り合う2つのユニットが「同じ向き」をしている組み合わせです。つまり、「$d$ と $d$」または「$l$ と $l$」が並んでいる状態を指します。
- ラセモ(racemo、略して $r$)結合:隣り合う2つのユニットが「違う向き」をしている組み合わせです。つまり、「$d$ と $l$」または「$l$ と $d$」が並んでいる状態を指します。


タクチシティを「mとrの暗号」で読み解く
この「メソ($m$)」と「ラセモ($r$)」というペアの結合の視点を使うと、3つのタクチシティは次のような「記号の連続」として美しく定義し直すことができます。
- アイソタクチック(Isotactic)すべての側鎖が同じ向き(例えば $d, d, d, d, d…$)なので、どの隣り合うペアを切り取っても「同じ向き同士」になります。つまり、すべてがメソ結合($…mmmmmm…$)で構成された鎖です。
- シンジオタクチック(Syndiotactic)側鎖が交互に並ぶ($d, l, d, l, d…$)ため、どの隣り合うペアを切り取っても必ず「違う向き同士」になります。つまり、すべてがラセモ結合($…rrrrrr…$)で構成された鎖です。
- アタクチック(Atactic)側鎖がランダムに並ぶため、同じ向きのペアも違う向きのペアも混ざり合います。つまり、メソとラセモが不規則に混ざった鎖($…mrmrrrmm…$)です。
【なぜこんな面倒な呼び方をするの?】
実は、NMR(核磁気共鳴装置)という分析機器を使ってプラスチックを調べると、この「$m$」の結合と「$r$」の結合が、それぞれ別々のデータ(ピーク)としてはっきりと画面に現れます。
研究者たちはこのデータを読み取り、「このプラスチックは $m$ が90%、$r$ が10%だから、かなりアイソタクチック性が高く、硬くて丈夫な素材だ!」というように、タクチシティの割合を正確に計算しているのです。ミクロなペアの関係性が、マクロな素材の評価に直結しているという、化学の面白い工夫ですね。
まとめ:ミクロな向きがマクロな強さへ
高分子のタクチシティについての重要なポイントです。
- アイソタクチック: 側鎖が同じ側に揃っている。
- シンジオタクチック: 側鎖が交互に並んでいる。
- アタクチック: 側鎖がランダムに並んでいる。
- 物性への影響: 向きが揃っている(アイソ・シンジオ)と結晶になりやすく硬い。バラバラ(アタクチック)だと結晶になれず柔らかい。
ナノメートルレベルの小さな「側鎖の向き」が、プラスチック全体の硬さや丈夫さという目に見えるマクロな性質を決定しているというのは、高分子化学の非常に面白く奥深いところですね!

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